俳句の作り方 蜥蜴の俳句
淋しくて蜥蜴にもどる夕べかな 伊庭直子いばなおこ
さびしくて とかげにもどる ゆうべかな
この句は2020年10月号の『河』に掲載されました。
蜥蜴とかげが夏の季語。
「全長10センチに達し尾が長い。
成体は一様に茶褐色であるが、幼体は背が黒色である。
縦筋が走り尾は鮮やかな青色。
夏、草むらや石垣の隙間などにいて小虫を捕食する。
敏捷で腹を地にすりつけるようにして走る。
敵に襲われると尾を切り捨てて逃げるが尾は再生する。」
(俳句歳時記 夏 角川書店編)
私は生まれた時は蜥蜴でした。
それはそれは美しい瑠璃色のしっぽを持った蜥蜴でした。
ある夏の日昼寝から覚めて石垣の隙間から顔を出しました。
すると人間と目が合いびっくりして石に隠れました。
そおっと再び顔を出すとその人間は瞳のキラキラした少年でした。
私を捕まえようとしているのに違いありません。
ああっ、音を立てて巣穴が揺れています。
私は恐ろしくなってこともあろうに飛び出してしまいました。
突然白い網が私の体を覆いました。
少年の掌の中で私はもがきました。
ガラスの飼育箱の中から少年やその家族の様子を観察しました。
幸せな人々を眺めることは楽しいものでした。
私も人間になって幸せになりたい。
そう思うようになって2年が過ぎました。
ある夏の夜、人間に変身する夢を見ました。
目が覚めた時、私は真っ裸で少年のベッドの脇に横たわっていました。
少年の服を素早く着て外に出ました。
朝日が眩しい。
河原へ出て小川のせせらぎを見つめました。
あっ、魚が泳いでいる。
大きな黒い蝶が飛んでいる。
久しぶりに外に出て心が躍りました。
太陽が高く昇って私は木陰に移りました。
周りのあちこちで人々がピクニックをしていました。
でも、誰も私のそばに来ません。
にぎやかな話し声や歌が聞こえます。
私は独りぼっちでした。
淋しくなりました。
長い時間がたって夕方、私は蜥蜴に戻っていました。
淋しくて蜥蜴にもどる夕べかな
良い句ですよね。 伊庭さんがこの句を立ち上げた心象風景を読み込むことにより、一層その思いは強くなりましたが、
伊庭さんのコメントを抜きにしてもこの句は素晴らしいと思います。